ずっと昔 紀元前18世紀の古代バビロニア王朝で、王の墓の地下排水に
土管が使用された。紀元前1世紀の古代ローマ帝国の遺跡から焼かれていた粘土製品で
孔の空いた管が発掘された。
中国では新石器時代後期(BC2100以前)の遺跡から
排水土管が発掘されている。
日本でも7世紀中頃(奈良時代)に飛鳥河原寺において、
排水用に土管が使われていたことがこの遺跡の
発掘調査により判った。当時中国や朝鮮との交流により日本の
土器製造技術がかなり発達していたことがわかる。
歴史遺跡の調査から、土器は先ず王の墓や公共施設の排水に用いられ、
次いで集落の発達とともに水用にも使用されるようになった。
1808年 (英)ジョン・リードが手作りの円形土管を作成使用。さらに2年後
サー・ジェイムス・グラハムがU字管を作成した。しかし、どちらも
手作りによる製法が極めて難しく量産できなかったため、普及しなかった。
1843年 (英)バークスにより円形土管製作機が発明され、大量生産が可能になる。
1851年 ロンドンにおける第1回万国博覧会に土管が出品され注目を集めた。
これがきっかけとなって暗渠排水による土地改良の方法が
ヨーロッパ大陸に普及する。
1870年 日本に暗渠排水の最新技術が、先ず知識として伝わる。
その技術とは、(暗渠の感覚は土性に応じる・材料としては石、土管が良い)
適切な暗渠とは、上部の土に乾燥亀裂を生じ、それが広く行き
渡り土壌に膨軟にするものとある。このことは今日でも適用する。
1879年
(明治12年)
札幌農学校教師ブルックスが、アメリカから土管製造機
を購入し、土管を試作する。
1881年
(明治14年)
明治天皇が行幸の際、札幌農学校の農園でブルックスの土管製造と
それによる暗渠施工をご覧になる。
1906年
(明治39年)
山口県で富田甚平が水閘土管を製作。この頃から土管を使った暗渠が各地に広がる。
1929年
(昭和04年)
北海道、町村農場の依頼で煉瓦会社が土管を製造。最初は建築用煉瓦の副業で、
非能率であった。
1939年
(昭和14年)
北海道で団体営土地改良事業に道費補助。土管製造が専業的な形となる。
この頃までは暗渠が専らであり、そのあと土管の生産増に伴い
土管暗渠に変わっていく。
1970年
(昭和45年)
疎水材が使用される。
1990年
(平成03年)
溝付土管が考案され、使用される。
2002年
(平成15年)
蓋付管(止め管)・エルボー管製造開始
2015年
(平成27年)
沼田町で集中管理孔地下かんがい圃場試験実施
2016年
(平成28年)
由仁町で集中管理孔地下かんがい圃場試験実施
2017年
(平成29年)
旭川市東鷹栖で集中管理孔地下かんがい圃場試験実施

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